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教育論7/8 非合理な教育について 
【日本の翻訳文化について】
 かつてバウムガルテンの『美学』という本を地元図書館で借りたときに驚いたことがある。「1987年世界初訳」と書いてあった。文字通り解釈すれば、このもともと古ラテン語で書かれた18世紀中頃の文献をそれ以外の言語で読んだのは日本人が初めてだということではないか。そんなことが可能な数少ない国の一つに私たちはいるのである。
 明治以降日本は世界中の文献を凄まじい勢いで翻訳してきた。難解なハイデッガーの『存在と時間』など現在6種類の訳が出ている。日本人は英語が苦手な代わりに日本語として取り込むかたちで海外の学問や情報を吸収してきた。
 たしかに今まではこれで十分だったのだ。それがインターネットの普及と巨大メディアの偏向報道の影響で日本の旧来の文化システムに甘んじている場合ではなくなった。テレビの衰退によって、皆に共通に翻訳されたものを見聞きしているだけでは間に合わなくなってきたのだ。結果、海外の情報はさまざまなニュースサイトの翻訳を読むことでかろうじて補われるかたちである。特に動画配信サイトでの個人の活躍など目覚ましいものがある。
 私は「日本人の90%は英語が話せなくてよい」という主張を掲げているが、それは「日本人の90%は英語がわからなくてよい」という意味ではない。自分で海外ソースにあたるだけの姿勢はどうしても必要になってきている。しかしそれでもなお、このようなメディアの腐敗・劣化程度の風潮によって、日本人が日本語を疎かにする必要はないのだ。私たちはこれを補うべき過渡期にある。

【エジプトで採用された雑巾がけ】
 日本の義務教育のユニークさは、世界で、特にアラブ諸国では注目されている。ある中東の教師が留学生として日本に来て、一年後に帰っていった。彼は母国に帰り、まず日本の雑巾がけを導入した。当初は父兄から「うちの子供に掃除をさせるのか」とクレームが殺到したそうである。しかしそれもものの数週間のことであった。子供たちが学校で雑巾がけをするようになってから、急に親の言うことを聞くようになったのだという。
 雑巾がけ以外にも給食の配膳や、担任制、部活動など、他国にはない特徴が多くある。もう三十年近くも前のことだが、現地中国人の友人とチャットをしていたときのこと彼が私の話しぶりから次のような質問を怯えたようにしてきた。
「ミスター上田、その『部活』というのは本当にあるのか?」
 彼は日本に来たことはないが、日本の漫画やアニメが大好きで詳しい。
「もちろんあるよ。君だって知っているじゃないか」
パソコンの向こうから彼の動揺が伝わってきた。
「いや、俺は日本の学園ものアニメは日本人が『こんなユートピアがあったらいいな』と創作したものだと思っていた。俺は高校生のとき勉強ができたから、ライバルに抜かれないように、寒い図書館で独りで受験勉強をしていた。部活、本当にそんなものがあるとは思わなかった!」
 現在でも、ドイツからの留学生の日本での最初の一週間は、スマホで学校の動画をとりまくって、故郷の先生や友達に送り、「マンガと同じだったよ」と共感し合うことですぎてゆく。
 これらのことからもわかるように、私たちの学校生活は、かなりユニークなものなのだ。

【非合理な校則について】
 やれソックスは白に限るとか、丸刈りでなければいけないなど、学校では意味のない校則は多いかもしれない。こうした非合理的な校則の押しつけによって、おとなしくて骨のない日本人が量産されることになっている。それは事実かもしれない。
 校則についていえば、これだけの弊害がありながらも私はこの非合理的なものを特別に悪いとは考えない。日本では、これを民主的に訴えて変えて行く方法はいくらでもあるからだ。学校に行かないという選択もある。この時点で、こうした悪習は、独裁的強制ではなく、変更可能な試策にすぎない。すべての教育上の試策がうまくいくとは限らない。まずい悪習も多くあるだろう。うまく行かなかったところだけを見て、本質論(「校則否定論」)にすり替えることはできない。
 また、「学校教育は元々軍事教育と産業革命後の低賃金労働者の確保のために作られたので、そもそも思想からしておかしい」という意見もあるが、起源がおかしいから現代においてもおかしいとする思考こそおかしい。これは、体制の不備を批判することで、若者や心ない大人の「反抗心」を煽っていることになる。(この「反抗心」というやつは、心の暇な人にとっては蜜の味である。自分を正義と仮定し、絶対やり返してこない安全な敵に、日頃のストレスを晴らせるのだ。だから卑怯な大人たちは若者を煽るのである。)
 校則を守るようにしつけられた人たちは、突出した才能の足を引っ張ることもあれば、集団活動全体の効率を著しく低下させることも多い。このような人たちの多くは、実際に規則を遵守せよと押し付けてくるのはもちろんだが、それ以上に、「規則を守る態度」を押し付けてくる。その背後には、原始人的な恐怖心か、排他心がある。であるため、この愚かで単純な本能は、権力に利用されやすい。
 つまりは、見苦しい思考停止状態なのであるが、これは本当に規則の押しつけからだけ起きたのだろうか。私はそうは思わない。思考停止は頭を使わない人に等しく起きるからだ。
 このような人たちに「規則を守る態度」を教えずに、先行して「自由(と称されるもの)」を与えるとどうなるだろうか。他国で結果が出ているではないか。他国で地震がおきれば、ストレスがたまれば、「自由」と称して、街のうち壊しをはじめる。私たちにはそれがなぜ「自由」なのかわからないが、恐らくは何らかの「自重」とは正反対の概念である。先日も動画で、サンフランシスコの町並みを破壊して興奮している女性が「これがアメリカ、これが自由なのよ!」と叫んでいた。しかし、次の瞬間彼女は他の暴徒に髪をつかまれ、殴られていた。なるほど、他人の店を壊す自由もあれば、殴られる自由もあるというわけである。
 規則の遵守を言葉だけで伝えることは難しい。いろいろな価値観と思考力の人間たちには、それよりも「規則を守る態度」を教えた方が早い。自由な国に住んでいればあとでいくらでも修正がきくからである。ちょうど湯川秀樹が論語を覚えたのと同じである。無駄なら直接使わなければいい。しかし、自己を律する精神は、使いこなせればどの分野でも有効である。
 それよりも、現代までに複雑に文化、習慣、禁忌が絡み合いここまできた日本の環境において、まるで単純な足し算引き算が可能であるかのように「これをこうすれば良い。簡単なことだ。どうしてみんな気がつかないのだ?」と無責任に吹聴するインフルエンサーには自重願いたい。失ったものを取り戻すのは容易なことではない。

【部活動に専門アスリートはいらない】
 学校の先生方の負担が大きい。教科を教える他にクラス担任、素行指導、モンスター・ペアレンツへの対応など、心身ともに休まる暇がない。その上週末まで生徒のスポーツ活動の遠征に駆り出されるのではたまらない。ということで、部活は外部の専門アスリートに委託すれば良いという意見がある。コストの問題はあるが、なによりも優秀な専門家によってその学校は県大会に出られる可能性が高くなる。教員も休めて、良い指導も受けられるから一石二鳥だという考えである。
 教員の休息の問題は残るが、私はこの意見に反対である。学校は、そのスポーツに親しむ入門の場であって、運動選手養成所ではない。雇い入れられる専門アスリートも外部委託である以上成果を出そうとする。しかし、それでは「面白そうだからちょっとバスケやってみようかな」「やることがなかったけど先輩に誘われたから」といった機会とか「バレーボールやって楽しかったけど、うちら全然弱かったね」といった思い出は失われる。どうしてこの様なところまでに「競争原理」を入れようとするのだろう。すべての学校が県大会出場を目指すためにここでも頑張らなくてはいけないのか。学校は総合学習の場である。学校でのスポーツも基礎教養の一環にとどまる方が良い。

【英語は簡単だから普及しているのではない】
 この世界で本当に平等な共通語を作ろうというもくろみからエスペラント語が作られた。エスペラント語は考え抜かれた、ある意味最も簡単な言語であり、今でも存続しているが、それでも決してメジャーにはなってはいない。言語を背後から支える文化がないからだ。私たちが英語を学ぶのは、一つには大国による権力と経済的関係による押し付けの結果であるが、もう一つ庶民からの視点ではたしかにアメリカやイギリスの文化的な魅力から来ている。ロック音楽やハリウッド映画他、文化に興味を持てなければ、言語習得は大成しにくいし、そもそも意味が見いだせない。その興味とは前の章でお話しした「リスペクト」であり、それは一国の文化的国力である。
 学問はリスペクトがないと上達しない。会話習得は要不要論が先行する。日本人は学問好きなので、前者の視点で英語を学ぼうとする。一方、ただ話すだけなら、後者、つまり話さないと生活に困るような環境が必要である。しかしこれは日本では得られない。不可能的である。であるから、日本人学習者はリスペクト志向になる。これが先の章で説明した「翻訳の壁」を自ら作るということになる。最も知的な勉強法は、その言語の会話習得に最も不向きだということになる。しかし、日本人の堅固なリスペクトフルな習得法は決して無駄にはならない。だから日本人は挑戦を続け、いつかは漢字をモノにしたように英語を自分達のものにするだろう。

西洋占星学 朝日カルチャーセンター4月期HOME教育論6/8 暗さは知性だが

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